日本政府は、2014年に閣議決定した「日本再興戦略」以降、様々な場で、キャッシュレス化推進の方針を打ち出しています。
時系列でたどると、初めの頃はクレジットカードの利用や外国人対応のATM設置の促進にだけ目が向いていたものが、新たな決済サービスであるQRコード決済(や将来的には生体認証決済)に重点を移しつつあることが感じられます。また、キャッシュレス化の範囲も、外国人旅客を特に意識したものから、公共料金や税・公金などの自治体における決済も含む、全社会的な取り組みに発展しています。
キャッシュレス決済は、消費者に利便性をもたらすほか、事業者の⽣産性向上につながり、また経済全体にもメリットがあると考えられています。
日本政府がキャッシュレス化を推進する理由(意義)としては、大きく以下の3点が挙げられます。
キャッシュレス決済のメリット・デメリットを、消費者、事業者(店舗等)、金融機関、キャッシュレス決済事業者、公共の観点で整理すると以下になります。
メリット | デメリット | |
消費者 |
現金を持ち歩かなくて済む(札束、財布・小銭入れ) 会計がスピーディになる ポイントが貯まる 支払いの管理がやりやすい 現金を引き出さなくて済む’ 現金取引にかかる手数料がかからない 紛失・盗難時の被害が抑えられる可能性が高い
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事前準備が必要(カード取得、アプリのダウンロード、チャージ、クレジットカード・銀行口座との結びつき設定など) キャッシュレスで支払いできる場所が限られる 限度額を超える支払いはできない カードやスマホ等を持ち歩く必要がある 災害時に使用できないおそれがある お金を使っている感覚が薄まる チャージ後は再現金化しづらい 資格審査をパスしなければならない カードやスマホ等の紛失・盗難時の処置を誤ると、被害が大きくなる |
事業者 (店舗等) |
レジ作業がスピーディになる(レジ打ち、お金を数える手間、お釣りを渡す手間など) 現金管理の手間が縮小する(釣銭準備、レジ締めなど) 訪日外国人旅行者による売り上げ増が見込める 決済事業者のポイント還元キャンペーンなどで来店客数・売上の増加が見込める場合がある レジのミス防止・盗難防止・従業員による不正防止に役立つ 現金に触らないので衛生的にも良い |
決済手数料が発生する 入金が後日になる 入金手数料が発生する場合がある 取り扱う決済手段ごとに契約を締結する必要がある 初期費用がかかる場合がある 資格審査をパスしなければならない 複数の決済機関からのデータが生じ、売上等の一元管理が面倒になる
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金融機関 |
ATMの設置・維持(現金搬出入などを含む)にかかる費用が削減できる 通帳発行にかかる費用が削減できる |
現金取引の手数料収入が減る 従来の金融機関を通さない取引が増える恐れがある |
決済事業者 |
利用者の消費動向が把握できる(ビッグデータとしての活用) グループ内企業に利用者の囲い込みができる |
キャンペーン等にかかる費用が莫大である
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公共 |
徴税・公金収納業務の効率化・公正化が期待できる 現金管理の手間が縮小する(釣銭準備、レジ締めなど) 収入印紙に関わる費用が削減できる 地域振興や公共貢献などに伴う自治体ポイントなどの管理業務が合理化できる |
現状、自治体や費目によって対応が異なっていて、わかりにくい。 住民への周知が十分とはいえない。 (法整備も必要か?)
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キャッシュレス決済推進に関わる日本政府の主な施策は以下の通りです。
発表時期 | 方針・ビジョン名(上段)、キャッシュレスに関わる内容(下段) |
2014年6月 | 「日本再興戦略 改訂2014」 ―未来への挑戦― |
2020年オリンピック・パラリンピック東京大会等の開催等を踏まえ、キャッシュレス決済の普及による決済の利便性・効率性の向上を図る。 |
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2014年12月 |
経済産業省「キャッシュレス化に向けた方策」 |
具体的な方策としては以下の3点。
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2016年6月 |
「日本再興戦略 2016」 ―第4次産業革命に向けて― |
「キャッスレス化の推進等」を政策課題として位置づけ。 具体策としては以下に言及。
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2017年6月 | 「未来投資戦略2017」 ―Society 5.0 の実現に向けた改革― |
「キャッシュレス化の推進」に関して、2027年6月までにキャッシュレス決済比率を倍増し、4割程度とするKPI(Key Performance Indicators:重要業績評価指標)を設定 具体策としては以下に言及。
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2018年4月 |
経産省「キャッシュレス・ビジョン」 |
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2018年6月 | 「未来投資戦略2018」 ―「Society5.0」「データ駆動型社会」への変革― |
重点施策(フラッグシップ・プロジェクト)のひとつとして「FinTech/キャッシュレス社会の実現」を掲げ、具体的には以下の方策により「キャッシュレス社会の実現に向けた取り組みを加速」するとしている 。
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2019年6月 |
「成長戦略フォローアップ 2019」 |
「キャッシュレス社会の実現に向けた取り組みの加速」の具体的施策として以下を掲げた。
さらに、税・公金のキャッシュレス化等の取り組みとして、2019 年 10 月からの「地方税共通納税システム」の運用開始に言及し、同システムのさらなる活用や税・公金収納・支払のIT 利活用による利便性向上・効率化に向け、年度内に実現の道筋を得る目標を掲げた。 また、「行政サービスと民間サービスの共同利用型キャッシュレス決済基盤の構築」を目指すべく、マイナンバーカードの本人確認機能を活用したクラウドサービスを発展的に利活用すること、などにも言及している。 |
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2020年7月
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「成長戦略フォローアップ 2020」 |
新たに講ずべき具体的施策のひとつとして「キャッシュレスの環境整備」を掲げ、具体的には以下としている。 ① 加盟店手数料の見直し ② マイナポイントの付与 ③ 日本発の統一QR コードの海外展開やタッチ式決済のユーザーインターフェースの統一 ④ 電力供給停止等の災害時のキャッシュレス対応 ⑤ 自治体の公共料金のキャッシュレス化推進 ⑥ マイナンバー等によるキャッシュレスの環境整備 |
「キャッシュレス・ロードマップ」は、(一社)キャッシュレス推進協議会が、日本の中長期的なキャッシュレスの方向性を示すべく取りまとめた資料で、2019年4月発表の「キャッシュレス・ロードマップ2019」(要約版)にひき続き、2020年6月には「キャッシュレス・ロードマップ2020」(要約版)として、改定版が公表されています。
このロードマップは、国内外のキャッシュレスに関する事例の紹介、10年後の「キャッシュレス社会の将来像」の提起を通じて、消費者、店舗、決済事業者、行政・自治体等の全てのキャッシュレスに関わるステークホルダが、キャッシュレス社会の実現に向けた活動を加速するための方向性を示したものです。
「キャッシュレス・ロードマップ2019」では、2025年度にキャッシュレス決済化率40%、2027年度に「日本全国、どこでも誰でもキャッシュレス」を掲げ、「キャッシュレス・ロードマップ2020」ではさらに、「キャッシュレスがもたらすライフスタイル改革」を標榜して、2030年度には「朝起きてから寝るまで、決済を意識することなくスムーズに活動できる」「世界最高水準のキャッシュレス社会の姿」を目指す、としています。(下図参照)
【キャッシュレス・消費者還元事業】 2019年10月~2020年6月
2019年10月1日の消費税増税による景気の落ち込みを緩和するために、経済産業省が2020年6月30日までの9ヵ月間実施していた政策で、消費者が加盟店舗での物品やサービスの支払いの際に、クレジットカード、電子マネー、QRコード決済などのキャッシュレス決済を行うと、最大5%(但し、大手コンビニなどのフランチャイズ店舗のときは同2%)の還元を受けることができるというものでした。
還元は基本的には決済事業者のポイントで行われたので、「キャッシュレス・ポイント還元事業」とも称せられていました。但し、大手コンビニなどでは、値引きの形で直接還元されました。
この制度では、キャッシュレス決済システムの普及を促進するために、加盟店が決済事業者に支払う加盟店手数料の1/3を国が補助(3.25%以下への引下げが条件)することと、決済端末導入費用負担を原則ゼロ(2/3を国が負担、1/3を決済事業者が負担)にすることも合わせて実施されました。
この事業に参加した店舗は政府の当初予想の倍以上の約115万店(対象となりえる店舗の約6割)で、消費者への還元額も当初予想を大きく上回ったことから、当初予算(2,498億円)では足らずに、令和元年度補正予算、令和2年度予算、令和2年度補正予算で追加措置が取られ、累計の事業費は約 7,750 億円に達しました。
事業開始直後(11月)、終了直前(5月)、終了4ヵ月後(10月)に実施されたアンケート調査結果では、キャッシュレス決済を導入した店舗、キャッシュレス支払いを始めた消費者とも増え、その大半が事業終了後も続けていることから、この事業がキャッシュレス決済の推進に一定の成果があったことは間違いありません。
【マイナポイント事業】
マイナポイント事業とは、マイナンバーカードとキャッシュレス決済の普及および消費の活性化を目的に、総務省が、上記キャッシュレス・消費者還元事業の終了後の、2020年9月から2021年4月31日(当初3月末までの予定を1ヵ月延長)まで実施した政策です。
マイナポイントはこの事業を推進するために設けられたポイントのことで、マイナンバーカードの保有者が選んだひとつのキャッシュレス決済サービスの利用を通じて獲得できるものです。このマイナポイントは直接消費者に付与されるのではなく、入金(チャージ)または購入総額の25%、最大5,000円分が、キャッシュレス決済事業者のサービス内で運用されているポイント(またはチャージ)として付与されるという制度でした。
事業費としてや約2,500億円の予算が組まれ、内、約2,000億円が還元ポイントの原資でした。
このマイナポイント事業実施に合わせて、中小・小規模事業者のキャッシュレス決済端末等の導入費用の1/2を補助する「マイナポイント事業実施に伴うキャッシュレス決済端末導入支援事業」が、経済産業省の事業(予算20億円)として実施されています。
【自治体のキャッシュレス化】
経済産業省は、自治体窓口や公共施設のキャッシュレス化を進めるべく、2020年度に、自治体窓口や公共施設のキャッシュレス化に取り組む先進的な自治体として、 29の「モニター自治体」を選定(右図参照)し、2020年4月に策定した「公共施設・自治体窓口におけるキャッシュレス決済導入手順書」を活用して、キャッシュレス決済導入や、導入計画策定に取り組んでいます。
この取り組みの成果は2021年3月発行の第2版に反映されました。今後、全国の自治体に周知されていくことになっています。
【その他のキャッシュレス決済推進に関わる事業】
2021年5月時点においては、キャッシュレス決済を導入する中小・小規模事業者の(入金遅れに伴う)資金繰りを支援するための「日本政策金融公庫の低利融資制度」、「キャッシュレス決済の中小店舗への更なる普及促進に向けた環境整備検討会」、観光地域づくりを行うDMOや商工会議所・商工会、商店街振興組合などの団体が行う「地域での面的なキャッシュレス決済導入の取り組み支援」、「災害時のキャッシュレス決済利用に関わる運用整備」、自治体や電気料金・ガス料金等の請求省払いにおけるJPQR活用を含めた「JPQRの利用促進」などに関する経済産業省の事業が実施中です。
千葉県内の自治体でのキャッシュレス導入の状況について、「千葉県地域IT化推進協議会 ITリテラシ向上対策部会」では、2020年11~12月に、アンケート調査を実施しました。以下にその報告資料の抜粋を掲示します。
実施時期 2020年11月25日~12月17日
対象 千葉県内の各自治体(全54自治体)
回収結果 33自治体(全54自治体)
調査の概要
各自治体における下記を把握する
キャッシュレス決済の導入状況・導入計画
導入済み/予定の業務と決済手段
コンビニ交付・納税/水道料金等の決済手段の状況
調査結果から、住民票の発行手数料や公共施設の利用料などの窓口でのキャッシュレス決済は、習志野市など先行的な自治体に導入されているだけ(33自治体中の4自治体)で、導入を計画している自治体も必ずしも多くない(同 3自治体)こと、一方で、住民税・国民健康保険料などの税金等や水道などの公共料金に関しては、コンビニ収納に加えて、LINE Payなどの請求書払い型のバーコード決済の導入が急速に進んでいる(同 19自治体、未回答の自治体を含む県内54自治体中では28自治体)ことが明らかになりました。